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名古屋高等裁判所 昭和60年(ネ)481号 判決

控訴人

興亜火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

穂苅實

右訴訟代理人弁護士

大脇保彦

鷲見弘

大脇雅子

飯田泰啓

谷口優

原田方子

相羽洋一

被控訴人

塩浜運送株式会社

右代表者代表取締役

小川杢

右訴訟代理人弁護士

和藤政平

田畑宏

伊藤友一

楠井嘉行

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の主張は、次に付加する外、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

(控訴代理人の陳述)

一  自賠法三条にいう「他人」とは、通常当該自動車の運行供用者、運転者もしくは運転補助者以外の者をいうのであつて、運転補助者と認めながら、偶々一時的にその運行に関する作業を共同したにすぎない点を強調して、他人に該当すると認定するのは相当でない。

二  本件事故は竹田及び柴野が共同して行なうクレーン作業中に惹起したものであり、柴野は荷物を吊り上げたとき、それがどのような動きをするかをよく承知していたのであつて、僅かな注意をすることにより、つまりトラックから降りてクレーン吊上げの合図をするだけで、本件事故を避けることができた。したがつて、柴野には重大な過失があるといわなければならず、損害額からその七〇パーセントを減額すべきである。

(被控訴代理人の陳述)

いずれも争う。

(証拠関係)〈省略〉

理由

一請求原因一の事実及び同二のうち事故発生の事実については、当事者間に争いがない。

二〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができる。

(1)被控訴人は、四日市市富双町二丁目にある富州原排水機場作業現場において請負工事をしていた大成建設株式会社から、クレーンガーターの荷降ろし作業をするため、クレーン車の派遣要請を受けたので、昭和五八年八月九日運転手竹田一をつけてクレーン車を派遣した。(2)当日作業現場には、大成建設株式会社の下請である勢和建設株式会社の作業員が笹野佐市をはじめ三名おり、そのまた下請である有限会社黒木建設の作業員は柴野光正を含めて二名いた。(3)荷降ろし作業をするクレーンガーターは、断面が直角三角形の形をしている三角柱の形状をした鉄骨で、長さが約六メートル、三角形の底辺が約一二〇センチメートル、高さが約一〇〇センチメートルで、重量は約一・五トンあり、これが一一トントラックに四個積載されていた。(4)荷降ろし作業は同日午前八時頃から始つたが、最初笹野がトラックの荷台に上り、一つのクランプでクレーンガーターの中央部を挟み、クランプについているワイヤーをクレーンのフックに引つ掛けて巻上げの合図をすると、竹田がクレーンを操作して巻き上げ、次いでトラックの下にいる者の合図で吊り上げたクレーンガーターを地上に降ろした。このようにして二つのクレーンガーターの荷降ろしがすんだ。(5)そして午前八時三〇分頃、今度は柴野がトラックの荷台の上で、同様に一つのクランプで三つ目のクレーンガーターの中央部を挟み、クランプについているワイヤーをクレーンのフックに引つ掛けて巻上げの合図をし、巻上げを開始した途端、クランプで挟んだ位置が不適切であつたため、荷物が横ずれを始め、約一メートル離れたところに立つていた柴野がこれを避けようと後ずさりしたところ、逃げ場を失つて荷台の側板に当たり、このため後ろ向きに頭から転落し、地面で左肩を強打した。右事故により、柴野は左鎖骨々折、左肩鎖関節亜脱臼、左背部腹部左大腿挫傷兼左肘部挫創の傷害を受けた。(6)クレーン作業においては、クレーン運転手、玉掛作業者、合図者(玉掛作業者が合図を行なう場合もある)が一体となつて作業をすることが肝要であるところ、柴野は昭和四七年頃に玉掛技能講習を受けていたが、クランプが手元に一つしかなかつたため、禁止されている一点吊りをして本件事故が発生した。

以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によると、本件事故は本件クレーン車が走行停止の状態にあるときに発生したものではあるが、被控訴人が使用している本件クレーン車をその運転手である竹田が当該特殊自動車の固有の装置であるクレーンをその目的に従つて操作している際に発生したのであるから、自賠法三条にいう「その運行によつて」発生した事故であると解するのが相当である。

しかしながら一方、同条にいう「他人」のうちには、当該自動車の運転者及び運転補助者は含まれないと解すべきである(最高裁判所昭和五四年(オ)第一七四号、同五七年四月二七日第三小法廷判決・判例時報一〇四六号三八頁参照)から、本件事故の被害者である柴野が右にいう運転補助者に該当するかどうかについて検討するに、前記認定事実によれば、本件事故は、本件クレーン車の固有の装置であるクレーンを運転者である竹田がその目的に従つて操作している際、柴野がクレーンガーターをクランプで挟んだ位置が不適切であつたため発生したものであるところ、竹田がクレーン巻上げの操作をするには、その構造上必ず吊り上げる荷物に対し玉掛作業をする補助者が必要であり、柴野は正にその有資格者として荷物であるクレーンガーターの玉掛作業に従事し、竹田に対し巻上げの合図を送つたその者であるから、本件クレーン車につき運転補助者の地位にあつたものというべきである。そして、クレーン作業においては、クレーン運転手、玉掛作業者及び合図者の三者が一体となつて作業をする必要があることに鑑みれば、仮にクレーン車の運転手と玉掛作業者が所属する雇用主を異にし、その間に何らの主従関係もなく、偶々作業時にはじめて共同作業に従事したにすぎない場合であつても、運転補助者である玉掛作業者に自賠法三条にいう「他人」性を肯定することは困難であるといわなければならない。

三そうすると、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当である。

よつて、右と異なる原判決を取り消すこととし、訴訟費用の負担について民訴法九六条前段、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官黒木美朝 裁判官西岡宜兄 裁判官喜多村治雄)

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